残暑厳しい折にもかかわらず、最近の政治不信を反映してか会場は満席の状態。ちなみに昭和40年の九頭竜川ダムを巡る汚職事件を描いたのが今日の映画。山本薩夫監督に長年師事され「金環食」ではチーフ助監督を務められた後藤利夫さんに、「キネマ旬報」編集長の関口裕子さんが話をうかがいました。
関口:山本監督に師事された動機、助監督時代の想い出などをお聞かせください。
後藤:中三の時に「真空地帯」を観て、軍隊内部の非人間性や反戦思想の描写にこれまでにない強い衝撃を受けたのです。やがて映画の道に進もうと志した時、自分が師と仰げるのは当時独立プロの旗手であった山本監督をおいて他はないとその門をくぐりました。駆け出しの助監督とは、誰よりも早く現場に行き監督が撮りやすい環境を整えることが一番で、現場事務所の下働きなども当然でした。山本監督は若い人を育てるのが上手で、適切な指示を与えて下さるのですが、そのマトを外したり怠けたりすると厳しく怒られたものです。
関口:山本監督の演出法で特に感銘を受けたのはどういうところでしたか?
後藤:監督はロケとセットとの使い分けが実に巧い方でした。ロケ現場の再現などリアリズムに徹しておられました。又、監督はきれいにコンテを書いてこられ、そのためスタッフの段取りも早く対応することができたし、俳優さんも自分のイメージ作りを更に膨らませる効果があったと思います。監督は社会派と言われますが喜劇も恋愛映画も巧かった。そしてテーマが重いものでも面白く、分りやすくがモットーでした。ファーストシーン・ラストシーンの発想も随分勉強させられました。
関口:本日の「金環蝕」についての感想は?
後藤:この作品は段取りが大変で、よく相談も受けましたが即答できないと叱られたものです。特にセットについては、美術監督共々息を抜く暇もありませんでした。金権構造の政界を暴くテーマに、政治家から協力を得られるはずもなく、国会や首相官邸のセットには忠実である程に予算を多く割いたのです。撮影中に佐藤元総理が他界されたのですが、監督は“しまった! あの人には観てもらいたかった!”と口惜しがっておられました。
関口:山本監督と宇野重吉さんのご関係は?
後藤:宇野さんは監督の軍隊時代の先輩で、色々お世話になったと言っておられました。若い頃の左翼的活動で二人共しばしば特攻の標的となったとか。よく気が合い互いの信頼感が厚い。だからこそ宇野さんの演技も真に迫っていたと申せます。
関口:山本監督の最後のご様子をお聞かせください。
後藤:作家精神は最後まで衰えませんでした。社会派のエースらしく<反戦・平和・反権力>を訴える新作の構想に執念を燃やしておられました。死の床の朦朧とした中でも、私たちに調査の指示を与えておられました。骨格の太い、しかも群集の力を主張した作家はもう出ては来ないのではないかと残念に思います。
後藤監督は敬愛してやまない亡き恩師について淡々と語られました。「マタギ」「こむぎいろの天使」など既に高い国際的評価を得ているご自身の作品についてのお話は又の機会に譲る事として本日の会の幕を閉じました。
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