95年、世界を震撼させた地下鉄サリン事件の発生により日本の安全神話は崩れた。
そして加害者側のオウム真理教(現アレフ)の供述により、前年におこった松本サリン事件へとたどり着き、罪なき一市民の冤罪が明らかになった。法治国家の罪過が問われ、マスコミの過剰報道や情報を鵜呑みにする市民の偏見が、いかに報道被害者を苦しめたかが浮き彫りになった忘れ難い事件だ。
8月27日、京橋のフィルムセンターで開催された第87回「監名会」(NPO法人・映文振センター主催)の上映作品は、この事件を材にした熊井啓監督の『日本の黒い夏 〔冤罪〕』。2000年、日活製作・配給。
上映後、ゲストに招かれた熊井監督に映画史家の佐伯知紀さんがお話を聞いた。会場には、報道被害者・神部(寺尾聰)の妻役で出演した二木てるみさんもお見えになっていた。司会進行は俳優の南原健朗さん。
社会派作品を多く撮ってきた熊井監督だけに世界が注目した事件を扱うことに不思議はないが、どのようにして企画が生まれたのだろうか?
「私自身、松本出身です。松本サリン事件の報道被害者の家族と自分の家族に知り合いがいて、事件の信憑性に疑問をもっていました。又、監督デビューを果たした『帝銀事件・死刑囚』でも毒物を扱っており、それに対するマスコミの反応が松本サリン事件と似通っていたので、この2点が奇妙に類似しており、撮らねばならないとずっと思っていました」と語られた。
実際、撮影中は変な車がはりついていて不気味だったが、警察が色々な情報を教えてくれて何とか撮影を済ませることができたそうだ。見えない恐怖に耐えながら映画を誕生させた熊井監督。しかし、作品は一市民を冤罪に陥れた人間の愚かさを声高に叫んでいるのではない。冤罪が生まれる過程を、なぜそうなったのか調査を始めた高校生の目を通して真実を浮き彫りにして行く。語り方が実に求心的で説得力がある。
本作のようなきちんとした社会派ドラマの系譜をなくしてはならないと思う、と佐伯さんが最後を締めくくった。幅広い作風で秀逸な映画を撮りつづけてきた熊井監督は75歳。次回作が待ち遠しい。
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