毎年アカデミー賞授賞式の時期になるとそわそわ落ち着かない。1978年の第一回日本アカデミー賞での最優秀主演女優賞は、日本映画界を代表するベテラン女優の岩下志麻さんだ。受賞作品は「はなれ瞽女おりん」である。年齢を重ねるにつれ悲しいことに、女優にとって主役を演じる機会が少ないのは世界各国同じ事情のようだが、岩下さんの場合は例外といえるだろう。だがその岩下さんとて最初から大女優だった訳ではない……。
2月14日、京橋のフィルムセンターで開催された映文振センター主宰の第88回「監名会」(年4回)は社団法人日本映画俳優協会の協力によるもの、岩下さんは理事、石濱さんは事務局長である。この日の上映作品は故野村芳太郎監督作品「五瓣の椿」(1964年)。山本周五郎氏の小説を井手雅人氏が脚色したもの。父親が病気なのをいいことに、不義を重ねていた母親を憎む娘が父の死後、身を挺して相手の男達に近付き次々と殺害しては、父の愛した椿の花を残して去る、という内容。岩下さんにとって、松竹入社後五年目にして初めての大作で、全身全霊をかけて臨み女優開眼した節目となる作品だという。本作でブルーリボン主演女優賞を受賞している。
どんな思い入れがあるのだろうか?上映後、ゲストに招かれた岩下さんに俳優の石濱朗さんがお話を聞いた。司会進行は俳優の松島可奈さん。
「17歳の時に父の知人の紹介でテレビに出たものの、その後の映画出演でも与えられた役をこなしていただけでしたが、「五瓣の椿」で役作りの楽しさを知りました。当時まだ新人でしたが周囲は、加藤嘉さん、左幸子さん、伊藤雄之助さんはじめ芸達者な俳優さんばかりで本当に勉強になりました。しかもそれまで清純派できていたのに、次々と殺人を犯す悪女(?)役を演じるという挑戦だったので気合いがはいり、あまりのめり込みすぎて血に染まったかんざしや椿の夢ばかりみて撮影期間中はうなされていました」と岩下さんはユーモアを交えながら飄々と語られた。
女優になりたかった訳ではないが気がつくと松竹へ入社していた。そこでデビュー作となったのが現在の夫で元映画監督の篠田正浩氏の「乾いた湖」、そして後に篠田氏と結婚。大女優の足がかりとなったのが「五瓣の椿」である。その14年後「はなれ瞽女おりん」で、女優なら一度は手にしたいアカデミー賞主演女優賞を、はじめてとった女優として映画史に残ることになる。
自分に降りてきたチャンスを確実にモノにしてきたのは、幸運以上に岩下さんの実力と努力の賜物だと改めて納得した。とりわけ演じる時の集中力や徹底した演じやすい環境作りなどをうかがって、女優になるべくしてなった「人」なのだとつくづく思った。
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