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2016年11月19日

第130回 「秋日和」

おはなし:俳 優  司 葉子  さん  
インタビュアー:元キネマ旬報編集長  植草信和  さん

 各地で紅葉が見頃を迎え、東京では晩秋の雨の降る日となった11月19日(土)、京橋のフィルムセンター小ホールで「監名会 第130回」が開催された。上映作品は『秋日和』(1960年)。里見クの原作を小津安二郎と野田高梧の『浮草』コンビが共同で脚色し、小津安二郎が監督を務めた。プロデューサーは里見ク氏の四男、山内静夫。    
 物語は、亡き友三輪の七回忌に3人の旧友たちが出席する場面からはじまる。旧友たちが学生時代に淡い恋心を抱いた三輪の末亡人秋子は変らず艶やかで、娘のアヤ子は美しく成長し婚期を迎えていた。アヤ子にふさわしい結婚相手を探そうという、旧友達の画策で物語が進展する。母を残してお嫁に行くことを躊躇うアヤ子のために、秋子の再婚話まで持ち上がるなど、周辺で世話を焼く旧友達のコミカルな姿に縁どられ、母と娘の深い愛情が描かれる。
 上映後は、本作で可憐なアヤ子を演じた司葉子さんをゲストに(監名会57回、100回にもゲストとしてご参加)、元キネマ旬報編集長で映画ジャーナリストの植草信和さんをインタビュアーにお迎えし、お話を伺った。司会進行は俳優の益田悠佳さん。  
 この日はデジタルリマスター版での上映で、画面の汚れを取り除き、揺れをとめ、明るさを一定にする修復が施された鮮やかな映像が披露された。修正版を初めてご覧になったという司さんと植草さん。植草さんが「赤がとても奇麗に出ていた」と、小津カラーの『赤』が店の提灯、女性の帯など随所に使われていたと指摘されると、司さんも「小津先生は赤がお好き」と振り返り、絵画の造詣も深い小津監督は、画家の梅原龍三郎氏とも交流があり、エッセンスとしての赤の効果をよく知っていたと回想された。
 この日の司さんは当時と変わらぬ品のある佇まいに、朱赤のジャケットに黒のラメ入りのフレアースカートという華やかな装い。小津監督へのオマージュを込めて赤を選ばれたという。一方の植草さんのネクタイも赤。作品のみならず壇上にも小津カラーが溢れた。

 制作当時は大手映画会社の間で専属の監督と俳優を制限する「五社協定」が強力な時代。東宝所属の司さんが松竹映画である本作に出演が叶ったのは、小津監督の熱烈なオファーと、"小津先生"の大ファンだった東宝の大プロデューサー藤本真澄氏の尽力に因るという。
小津作品の特徴である、向き合って話す人物を交互に正面からとらえる「切り返しショット」は本作でも多用されているが、撮影時には、台詞の順番通り交互に撮るのではなく、それぞれの俳優ごとのショットをまとめて撮っていたという舞台裏が紹介された。また、撮影現場はスタッフも物音一つ立てないほど緊迫感があり、細部までこだわりぬく画面作りの連続に、司さんは緊張のあまり気が遠くなったこともあったという。
同時代の監督では、成瀬巳喜男監督の現場も空気が張りつめていたが、黒澤明監督は役者の緊張をほぐすよう気遣うなど、巨匠それぞれの特質があったと司さんは述懐された。
さらに、共演者の原節子さんは、本作で初めて母親役を演じたが、小津監督が原さんの役者としての将来を考慮した上での配役だったという。その後も司さんは、次作『小早川家の秋』を含めいろいろな作品で原さんと共演。原さんの素顔は少女のようであり、ビールを好まれたり、撮影に熱心なあまりお話がくどくなる一面もあったそうだ。

 『秋日和』の直前の司さんは、演技を学んだ経験がないことで女優として限界を感じ、辞めようかとさえ思っていた時期だという。『秋日和』で小津監督に起用され、演技技術を知らない素の部分が生きる役を与えられたことで、自分に合う映画があると感じたという。そこからさらに10年、女優を続けることができたという司さん。小津監督に出会わなければ女優を続けていなかったかもと打ち明けられ、小津監督とは運命的出会いだったと感慨深く語られた。
司さんによれば、小津監督は画面の隅々にまで自身の美学を貫き、キャメラを覗いて構図を決め、原さんの着物も人間国宝のものから自らが全て選んだという。役者の演技も監督が詳細まで決めるため、器用に演じ分けるタイプの役者とは反りがあわないこともあったそうだ。司さん曰く、小津監督が望まれたのは「真っ白で無色な俳優」。「小津先生は自分の真っ白な看板に自分で絵を描きたかったのでしょう」と結ばれた。

 司さんと植草さんのお二人のお話から、繊細な小津ワールドが構築される行程を垣間見させていただくと同時に、「司葉子」さんという存在そのものの純粋な美しさを、画面に焼き付けた小津監督の見事な手腕を改めて実感した。そんな作品を堪能できる喜びの中で今回の監名会は閉幕となった。

(文:菅原英理子 写真:宮沢一二三)





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