インターネット エクスプローラーダウンロード
推奨環境:IE5.5以上



 HOME > 館主さんを訪ねて > 連載記事


第003回 「飯田橋ギンレイホール」支配人 潮見洋子さん
「道行く人が、ふらっと入って観てもらえたら・・」
 そう語ってくれたのは、ギンレイホール支配人の潮見洋子さん。ロードショー公開を終えた作品の中から、二本ずつセレクトして上映するギンレイホールは、俗にいう名画座。名画座というと、映画ファンのサロンというイメージがあるけれど、ギンレイホールの目指してしている方向は、他の名画座とは少し違う。

「サラリーマンや主婦、そして学生やお年寄りといった普通の人々に楽しんでもらえるようなラインナップを考えています」
 潮見さんのこの言葉から、映画とは、日常生活を生きる全ての人々が喜怒哀楽を享受できる大衆娯楽なのだ、という熱い思いが伝わってくる。そして、その思いを実現させるために、月に20本以上もの新作を試写で見て、幅広い人々に楽しんでもらえるような番組編成を考えているとのこと。
「最初は、掃除のおばさんのつもりで入ったんだけど・・」
 ギンレイホールが名画座として開館したのは昭和49年。飯田橋界隈はのどかな風景が残っており、駅のホームから見える外堀では、ポンポン船が行き交っていたそうだ。幼友達の紹介で劇場で働き始めた潮見さんは、映画業界で働いた経験はなく、当初は、ほんのお手伝いのつもりで入ったとのこと。

「名画座は作品と客の対応が勝負」
 これは、ギンレイホール、先代社長の言葉だが、映画好きの普通のおばさんの感覚が、お客さんの気持ちをつかんでいく上で役に立っていく。やがて、潮見さんは番組編成にも加わるように。また、お客さんの間に「応援団」が結成されるなど、劇場運営の方も軌道に乗りはじめた。
 そんなギンレイホールにも他の名画座と同様に危機が訪れた。それは今から7年前、先代の社長が急逝した時のことだ。経営の柱を失った劇場には、老朽化した建物だけが残された。また、ビデオ等の普及による逆風も、ひたひたと押し寄せてきていた。そのような中、救世主のように現れたのが、現在の社長。そして、新体制となった劇場が始まった。
「最初に提案したのは椅子の取り替え」
 まず、お客さんの立場になって考えよう、そう思った潮見さんが、 まっ先に思い浮かべたのは、快適な環境で映画を観てもらうための施設改善であった。そして、次に考えたのは、お客様の負担の軽減。現在、ギンレイホールの目玉となっているフリーパスの会員券(個人は、年間一万円で自由に入場できる)が発売されたのもこの時だ。現在では、多数の人がこれを利用している。

「映画は、暗闇に映されるスクリーンの上で、初めて監督(スタッフ)の思いが観客に伝わる」
 これは、劇場運営を続ける上での潮見さんの信念。映画の作り手と観客との間の水先案内人である潮見さんの奮闘は、これからも続く。
(文:フリーライター・木村 昌資)
【ギンレイホールホームページ http://www.cam.hi-ho.ne.jp/ginrei/





組織概要   入会案内   個人情報保護指針   よくある質問   お問い合わせ

Copyright (C) 1981 - CurrentYear MCAC All rights reserved.
 
Powered by L-planning