第022回 「メトロ劇場」館主 根岸義明さん |
北陸に灯り続ける名画の灯 |
「伝統の町に生きる名画の殿堂」
北陸地方の玄関口、福井県。その県都福井市は、江戸時代親藩越前松平家の城下町として栄えていました。現在も人口26万人を超える北陸有数の都市。幕末の名君、松平春獄の居城であった福井城址は、今も県庁として行政の中心地となっています。また、駅前には今、希少価値になっている路面電車も健在。この古き伝統のたたずまいを残す街で、世界の名画を福井市民のみならず北陸地方に発信し続けている映画館がありました。それはメトロ劇場。今回は館主の根岸義明さんにお話をうかがいしました。 |
「祖父の代から半世紀」
メトロ劇場がオープンしたのは昭和28年4月1日。日本がアメリカ占領下から独立した翌年、まさにわが国の映画界が全盛期を迎えようとしている時期でした。初代館主は根岸さんの祖父でした。当時は、洋画の封切館。幼少期、両親とともに愛知県豊橋市で過ごした根岸さんは、長期休暇で帰省するたびに劇場で映画を観せてもらったとのこと。また、祖父から試写会の招待状をもらい、名古屋の配給会社試写室で公開前の映画を観ることもできたそうです。幼少期から「(お客さんが)入る大作映画から、そうでない作品まで、いろいろな映画」をスクリーンで体験、やがて神戸の大学を卒業後、祖父が経営するメトロ劇場で働きはじめます。昭和46年の春のことでした。 |
「さまざなま試み。世界の名画上映館として」
メトロ劇場は昭和48年から、ロードショー公開を終了した作品を上映する二番館になりました。やがて新旧さまざまな作品の上映をはじめます。「東映、東宝、松竹・・・とほとんどすべての配給会社の作品を上映することができるようになりました」。やがて、時代は昭和から平成にかわり、映画興行界にも変動が訪れます。家庭用ビデオデッキ普及に伴う、ビデオレンタル店の出現と、郊外型複合式映画館(シネマコンプレックス)の誕生。
そんな中、「世界各地の良い作品をお客さんに提供したい」その思いで、根岸さんはさまざまな試みをはじめます。先ず、お客様へのアンケート。学生時代足繁く通った神戸の名画座『ビッグ映劇』で行われていたリクエストを参考にして、劇場ロビーにアンケート箱の設置をはじめました。壁一面に、現在上映可能な作品のチラシを掲出し、劇場を訪れたお客様はそれを見て、観たい作品をアンケート用紙に記入します。根岸さんを中心に劇場スタッフは、そのアンケートをもとに番組編成にあたってきました。「今、福井市近郊1週間で約30本の作品が上映されています。その中でメトロ劇場は、できるだけお客様の要望に答えていきたい」そう語る根岸さん。劇場の努力が実り、東京・大阪など大都市でしか公開されない単館系作品を観るために、福井市外から足を運ぶお客様もいるとのことです。
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「民主主義、最後の砦として」
この春、一本のドキュメンタリー作品が、全国紙やテレビのニュースで話題となりました。その作品は「靖国」(李纓監督)。国会議員の事前試写会の要求から政治問題となり、一時は右翼の妨害を懸念して、東京・大阪で上映中止が相次いだ本作。この状況を、民主主義の危機と感じた人も少なくありませんでした。根岸さんをはじめ、メトロ劇場のスタッフも同じ思いでした。根岸さんは、弁護士や市民団体の人々と手を携え、「靖国」上映を決断します。多くの人々の協力で大きな混乱もなく上映は無事終了。映画を観終えたお客様の反応も上々。この上映を振り返って根岸さんは、「映画館が、民主主義の最後の砦である、まさにそう実感しました」。
「映画は、総合芸術ですが、その最後の仕上げは映画館。そして、それをお客様が観て、ひとつの芸術として完結します」。良質の作品を最高の状態でお客様に提供し続ける根岸さんをはじめとするメトロ劇場のスタッフの皆さん。そういう姿に、今の日本から失われつつある、その道のプロとして生き続ける気迫を感じました。 |
(取材:木村昌資) |
【メトロ劇場:http://www2.interbroad.or.jp/metro/】
TEL.0776-22-1772 |